南紀紀行(2003.11)
NO.115 COSMO 池田
平成15年11月1日から1週間、IOに乗り、南紀田辺港から出港し尾鷲港まで各地の港を寄港し、大阪北港YHに戻るクルージングをした時の航海日記です。(参加者:IO森本・若井氏、COSMO池田)
平成15年11月1日 大阪〜田辺マリーナへ(陸路)

我々3人は1日9:49分発のくろしお7号に乗り田辺市に午後1時に着き駅前にて昼食をとり、タクシーでシーガイア田辺マリーナに行き、宅配で送り込んでいた荷物を受け取りヨットIO号に乗り込んだ。

 明日からの航海に備え、艇の部品・装備を点検し燃料・食料を買い入れ、風呂に入り、バウに池田、後部右の寝室に若井さん、左の寝室に森本さんが使用する事に決め、明日に備えて、ルートを作成し初めの寄港地として串本港を目指す。田辺港から串本港までは45マイルある。明日になり波浪が高く足が伸びない時は周参見港に決めシュラフに潜り込んだ。

11月2日(航海1日目)南紀田辺マリーナ〜串本港

朝6時起床し朝食にパンと牛乳、ベーコン、トマトで簡単に済まし7時に出港。

今回の航海は寒さとの戦いだと覚悟していたが気温が高く20度近くもあり寒さを感じない。用意してきたストブーは箱に入ったままだ。


↑COSMO 池田氏

 晴れてはいるが雲の多い空、風は南東の風6m、波は50cm程有るが36FのIOには何ら差し支えない、回転数2500で機走。港外に出てから、全帆を揚げる、風を貰って艇速は6.5ノットは出た。波を蹴り白波を跡に残し快走す。昼食にご飯を炊き、おかずは白菜とてんぷら、竹輪、味付けに干し貝柱を入れ、だしの素も加えて良く煮た。久しぶりの洋上の食事に皆が美味しく食べ堪能する。

13:30潮岬にさしかかる。黒潮が岸近くに接近している為か海面が黒ずんで見える。波が荒い。黒潮と波とがぶつかり三角波を起こしているのだ。やがて前方に立派な橋が見えてきた。串本大橋だ。後で聞いたが1999に架かったそうだ。橋をくぐり入港だ。ここまで予想に反して早く来たので撮影会。艇を回し、橋を背景に入れてポーズ。上手く撮れた。何処に艇を舫うかと探す。港の東に行き様子を見ると風向が悪い。西に艇を回し、停泊することにした。ここの深さがわからないのでハンマーを錘にしロープを垂らし測る。2尋半だ。此処に停泊することにしアロング・サイドで係留した。

上陸し風呂屋を探す。ものの5分も行かない処に串本温泉が有り此処の湯につかる。温泉とは言え小さな銭湯だ。500円とは高い気もするが近くにあり、湯もヌルヌルして温泉の湯だそうだ。いろいろ効能書きが貼ってある。車代も要らなかったので可とするか。帰路見つけた中国飯店広州で冷たい生ビールで航海を祝い、明日からの航海を祈念して乾杯をした。胃にしみわたる。女将に記念のビデオをまわして貰う。

明日は尾鷲まで行く事にしてGPSに打ち込む。念のため寄港先を2.3決め打ち込む。明日は60マイル、風向きが良くなる事を祈り就寝す。

11月3日(航海2日目)串本港〜尾鷲港
空はどんより曇り今にも雨が降るかもしれない様子で雨具に身を固めて出航する。霧がかかり視界が100m位しかなく、GPSを睨み狭い海峡を抜ける。外洋に出て視界も広がりホットする。雨は降るが気温が高くて助かる。全帆をあげ尾鷲を目指すが今日も風は我に味方せず機走と併用す。幸いにして波は追い波、うねり4mの波にサーフインして艇を追い越していく。艇速は6.5は出ているが、「陽のある内に尾鷲に着かないと」とあせる。太地港に寄り鯨の資料館の見学をする予定だったが雨が激しくなるので又にし先を急ぐ。

だんだん波が大きく成り、幸いにして追い波、艇は足を速めやがて尾鷲港手前の桃頭嶋に近づき、投石嶋灯台と人口瀬の浮きブイを交し、火力発電所の煙突を目標にして入港した。PCで探していた民宿風帆にTELしたので、港の入り口赤灯台まで主が迎えにきてくれ先導し、指定された岸にケッジ・アンカーで槍付け、すんなりと舫った。暗くなって来たが苦にならない。もう陽が落ちて時間の問題だった。小船で岸まで送迎ありだ。民宿風帆の若い主の気配りに感謝する。今日の行程は55マイルだった。

PCのHPにあった民宿を決めていたのが正解だった。尾鷲港は予想外の狭い港だった。今夜は此処で休むことにした。風呂に入り浴衣に着替える。クルージングに来て浴衣に着替える事はまれだが、やはり気持ちが落ち着く。森本さんの旧知の友 日富さんが来て話が弾み何十年来の積もる話、森本さんも感無量の様子。お友達って良いなと思う。4人揃って、主の手造りの会席料理で乾杯だ。今夜はいい雰囲気だ。酒も話も弾んだ。

民宿の主や日富さんの薦めで帰路に楯ケ埼の岸壁のすごいのを見て帰ることにして明日の寄港地は鵜殿港と決定した。

11月4日(航海3日目)尾鷲港〜鵜殿港
3日目の朝を迎えた。予定より艇の船足が伸び、今朝はゆっくり出来る。朝食を干物の焼きたてでご飯を食べ、ロビーでサービスのコーヒーを飲み、甘い蜜柑をほおばる。今年は豊作だと言う。 

08:00艇に帰り出港。今日は太陽が朝から顔を出し我々を歓迎してくれている。尾鷲の大煙突に別れを告げ鵜殿港を目指し外洋に出る。平穏な海上だ。11月の太平洋とは思わない位だ。瀬戸の海かと思う。15マイルほど行くと崖が見えてきた。海岸で釣りをしている人影が見える。岸に近づき人の身長からして岸壁の高いのに驚く。100mは軽くある。それが何マイルと続く。所々に洞穴があり小船が奥深く入って行けそうだ。それを背景に撮影。いい記念になるだろう。陽が高く昇り、程よい気温で寒さ知らずの春の様な気候だ。皆ルンルン気分だ。やがて鵜殿港に入港だ。ここも大煙突があり、紀州製紙の工場のだそうだ。陽のある内に入いれて幸いだが、港内は狭く、突き当たりの段々のある岸にひとまず接岸する事にして、測深だロープを垂らして深さを測る。4.5mは有り、ココに繋留することにしたが漁船の引き波に備え、沖からアンカーを打ったが念のためシートを引くと、手ごたえがどうも可笑しい。どうやら捨てアンカーのロープに引っかかり、上げることが困難と判かり、森本さんが潜って見ると言い支度。やはり11月、水温は下っている。気の毒だが潜っていただく。「シートをつたって降りよ。」と声をかける。彼は入って直ぐ上がって来た。聞くと「ステアンカーの大きい石にひっかかって居て直ぐ外れた。左右20センチ外れていたら、何事も無かったよ。」と、言う。運が悪いとしか言いようが無い。此処での係留を地元のおじさんに聞きOK。

さあ買い物だ。上陸し3人ぶらぶらと散歩がてら町に出かける。立て看板があり、それには、「日本一小さい村鵜殿村に港がある」と書いてありそうかなーと感心する。JR鵜殿駅も無人駅だ。我々都会人はなんだか無人が気味悪い。だがスーパーは大勢の主婦で賑わっている。鶏肉を購入、今夜は親子丼にしょう。お風呂は遠くにあるらしいが、毎日入って居たので今夜は辛抱、辛抱。「こんばんは。」と、若い人が2人やってきた。地元の漁師さんにお酒を勧めても「車で帰るので。」と慎重だ。沖で延縄を使いトラフグを獲っていると言う。河豚は下関だと思っていたのが南紀沖産とは正に「驚き桃の木山椒の木」だ。

明日は周参見。GPSに打ち込み寝るとする。

11月5日  (航海4日目)  鵜殿港〜周参見港

鵜殿港で停泊し、若い漁師2人を交えて話に花が咲き、いつもより遅く寝たがアルコールが快い眠りを誘つたのかぐっすり眠れ、気持ちの良い朝をむかえた。

天気は昨日とは違い今にも降り出しそうな空模様だが、ラジオは夜までもつと報じている。気圧は1018hPa、少し下ったみたいだ。気温は16℃もある。暖かいのはいいが、雨よ降らないで。朝食にキャベツを刻みツナを入れマヨネーズであえてサラダを作る。牛乳、即席のポタージュと昨日スーパーで仕入れたパンで簡単にすます。

今日の泊まりは周参見港を予定する。レグは43マイル。07:00に解舫し、港外にでたら相変わらずうねりを伴い、3mの波。斜め前から波を受ける。風はWNW4m、我に味方せず全帆をあげエンジン2500回転をキープ、帰路のレグは黒潮との戦いだ。

新宮港沖で方位240°に転舵し、反流をひらいに岸に寄るが、艇速は伸びない。周参見港は初めてなので陽のある内に入りたい。

昼食は簡単にとご飯を炊き、即席カレーを温める。オートパイロットが使えない。調べるとどうやら磁石が狂ってるようだ。方位が保てない。1人は後から食事をする事となり冷めた物を食べる羽目になった。

ロングクルージングにオートパイロットは必充品だ。大きい目をセットすれば少々の波にも方位を保つし、終日ラダーについていなくても良いので疲れなくてよい。皆が揃って熱い食事もとれるし、楽しく過ごせる。是非買い替え装備すべしと、オーナに薦める。

測深機も知らない港に入り深さを知るのに必要だ。港内の深さまで海図に記載はなく、今回は念のために港内でハンマーを錘にしロープを下ろし深さを測り干満の値を確認して停泊している。

やがて太地港に近づいた。ここ太地は鯨の追い込み漁で有名だ。今年も11月に解禁、漁が始まり成果があったとニュースで知ったばかりだ。鯨資料館を見学したいが空模様が悪く雨が降る前に潮岬の波の荒い海域を通り過そうと思い、太地は次回にと横目で見て通過する。今回のクルージングの最大の楽しみだったのに残念だ。

前方に串本大橋が見えてきた。ここらが最南端なのか、黒潮が一番岸に近づいているらしく三角波がたつ。艇はローリングし激しく揺れ、艇速も5ノットに落ちる。潮岬灯台に「マタクルゾー」と、手を振って先を急ぐ。

12:00 300°に転舵する。紀伊半島のU形の地形に沿ってこれより北上ぎみになり、WNWのブローを前から受けることになる。黒い雲が一面に覆いかぶさり今にも振り出しそうだ。

15:00 お茶の時間に牛乳をタップリ入れたココアを森本さんが入れてくれる。久し振りの甘くてしっとりした飲みものだ。近頃は糖尿を心配して甘い物には遠ざかっていたが、何年ぶりかなと、昔はよくのんでいたのにと思い出す。

やがて稲積島が見えてきた。あれを回れば周参見港だ。岩礁に気を配りながら赤灯台を右に見て入港する。

港内の奥の「枯れ木灘国民宿舎」の前が良いと、今年の遠出で九州枕崎港で共に台風避難した羽山素夫さん(アメリカで27fを買い単独航海、帰国し日本一週をしている凄いおじさんだ)に聞いていたので、今回はここに決める。岸に近づくがびっしり小船が舫っていて入れにくい。どうにか入れそうな隙間を見つけて、ケッジアンカーでソロソロはいり若井さんが岸に飛び上がりピットにシートを回し舫う。左右2個のピットをつかいV形に張る。これでバウは良し、ハルの手当てだ。フェンダーを有るだけ出して両弦に吊るす。作業が終わるのを待っていたかのように大粒の雨が降り出した。やれやれ濡れずにすんだと喜んだ。

国民宿舎「枯れ木灘」で風呂と食事を摂る事にし着替えを入れた袋を持ち上陸する。一足先に森本さんがフロントを偵察、そこに「可愛い娘子がいるよ。」とニコニコだ。泊まりの客は風呂代は0、風呂と食事のみの客は入浴料400円、温泉と清水の湯船がある。食事は午後5:30からだと言うので、ゆっくり入った。いつもはカラスの行水と、家内は冷やかすが今日は時間がタップリあるので長ブロだ。別の部屋に1時間100円の洗濯機と乾燥機をが有り下着と靴下を洗う事にした。

5:30 食堂に入る。もう先客が5〜6人着席している。名札が置いてありそこが指定席。各席オーダー別の料理がセットしてある。我々3人は会席膳だ。2000円だが、山海の珍味が並ぶ。乾杯。よく冷えたジョッキーで飲む生ビールは格別だ。下戸の私でもググーと飲み干す。これはセーラーにとっては醍醐味だ。数々ある料理も綺麗に食べた。栄養満点だ。明日からの航海の頑張る活力になるだろう。ここで宿泊する森本さんを残し、我々2人は艇に戻る。

22:00の気象放送を聴き天気図に書き込む。どうやら明日は午後から雨も上がり良い天気になりそうだ。明日のレグは御坊港を予定し、GPSに打ち込む。御坊までは30マイルだ。もう少し先まで行けるのだが、下津港までは遠いし陽のある内に安全に入港しなければと御坊港に決定す。

初めて入る港は気苦労だ。今回は測深機も無い。手探り入港だから陽のある時間を選んで入る事にしている。港内で座礁したら笑い事では済まない。風が吹いてきた。風向きが変わり斜め後ろからの風と雨が激しく艇が揺れだした。

GPSに明日のルートを打ち込むナビゲータ作業をしていたら、ゴッン・ゴツンという音と僅かな衝撃が感じられる。バウパルピットが岸壁に当たっているのか?若井さんも起きだしてきた。時計を見たら23:00だ。デッキに上がりバウまで見に行くとやはりバウパルピツトがわずかだが波により岸壁に当たっている。ケッジアンカーを引っ張り艇を後ろに下げようとしたが手ごたえが違う。アンカーが浮いている様だ。アンカーがきいていない。アンカーを船尾まで引き寄せて隣の船に抱きつく事も考えたが両隣の船は20Fも無い小さな船だ。艇を沖出して打ち直しすることにした。2人よりも3人でと森本さんを携帯で呼ぶも通じない。風も横風に変わり激しく吹いているが幸い雨は小降りだ。バウシートを外し、艇をバックした。小船が吹き寄せられ艇の入る間が無くなるが、無理を承知で再び入れた。隣の船のハルにフェンダーを吊るすも横風に艇がゆれ、わが艇にも隣の船のハルにも傷がつくと考え、再度艇を沖に出し着岸出来そうな場所を探す。なんとかアロング・サイドで接岸できる場所を見つけたが、そこは雨水の排水溝があり、いやな場所だが雨が激しく風は横風アビームでは隣の船が交せない。贅沢は言っていられない、其処に決める。シートを用意し一回勝負1.5艇身程の空いている岸壁を狙い艇を入れる。隣の船の船尾スレスレに入れ若井さんに岸に飛び上がって貰いピットに舫う。次にスタンシートを引きアロング・サイドで舫いがとれた。

気がつくと二人とも頭から足までびしょぬれ、着替えてホットウイスキーを飲み落ち着く。夜明けまで後何時間も無いが再び寝り込む。

11月6日 (航海5日目)  周参見港〜御坊港

朝になり森本さんは艇が移動していてビックリしたそうな。あれから部屋で飲み直し朝まで熟睡、携帯が鳴るのも気がつかない程寝ていたそうだ。雨はやみそうも無いが西の方が明るくなってきたので昼前には上がるだろうと思う。

8:00過ぎ作業船がはいるのでと知らされ又艇を出す。風もやわらぎ楽だ。100m北に漁船の出た後へケッジアンカーのロープを細いが繋いで長くし舫う。今度は良く効いた。やはり先輩の教えの通り、深さの4倍以上の後方からのアンカー打ち込みが有効だと実感した。周参見港での反省は36Fにはそれなりの大きさのアンカーと30−40mのロープを直ぐに出せ使える様にしなければいけないと痛感する。

今日の行程はラクチン。27マイル程だ。雨ももう止むだろう。

10:30周参見港を出港した。雨は止んできた。今回のクルージングは走っている時は大雨に会わない。ラッキーだ。風は向かい風3m程の微風だが、3mのうねりを伴う波に艇はローリングする。メンスルを上げる。少しは揺れるのがましだ。今の間にとご飯を炊く。昼飯のおかずは鵜殿のスーパーで買ったロールキャベツだ。袋から出し煮たら良いだけに成っている。この頃の食材は、人件費が高いのに手を加えた物が出回っている。共働きの家庭が多く主婦がこうのような食材を求めているからだろうか。聴けば小骨を綺麗に取り除いた魚まで有るとか、箸使いがぎこちない子供が増えるはずだ。

チョロチョロと、とろ火で時間を掛けて煮た。中まで火が通っただろう。調味料にとボンカレーを1袋いれるが、これが案外いける。カレー風味のロールキャベツが出来上がった。

雨も上がり陽が射してきた。キャビンに持ち出し青空食堂だ。これは美味いと綺麗にお汁まで残さず食べてくれる。3人とも食欲旺盛だ。作った私もうれしい。

14:00田辺湾に差し掛かる、この湾は洗岩、暗岩がいっぱいあり、詳しいチャートが無いと夜間初入港は100%遭難間違いなしと言う、艇には怖い湾だ。このIO FIVE STRE号はここのシーガイア田辺マリナーに停泊していたのだ、と思うと懐かしい湾でもある。

洋上に浮かぶ大工場の様な、御坊の火力発電所が見えてきた。煙突から淡い灰色の煙が見える。発電して関西地方に送電しているのだろう?日本では電気は原子力で1/3、火力で1/3、後1/3は水力と風力・その他でまかなつていると新聞で見た。

この発電所をぐるりと回り御坊港にはいる、狭いが整った港だ。魚揚場横の岸にアログ・サイドで舫い漁業組合に届けに行く。「一晩なら良いよ。」と気軽にOKを出してくれた。

港内を走る漁船もチョースローで引き波も気にならず係留できたが念のため測深をしたら3尋ある。これなら潮が引いても安心だ。

森本さんが漁業組合のかわいいギャルに、車で10分も走ったら綺麗な風呂が有り食事もそこで出来る「たから湯」が御坊市内にあると聴き出し、其処に行くと決め、舫を確かめタクシーを呼び、出かける。42号線を走る。やたらカーブの多い処だ。南紀は海岸沿いに道路が有りカーブが多いし事故も多いとタクシーの運転手は説明をした。松下の会長が自分の故郷である和歌山に工場を建てなかったと言う理由がわかる。8分程走り日置川の橋を渡り元パチンコ屋だったと言う大きな平屋建て、この駐車場に着く。ここが宝湯、車から降りると又小雨が降り出した。

ここの入湯料は¥400円、サウナ・打たせ湯・電気湯船・露天風呂・広い休憩所、そしてマッサジールームも有り、整体師に30分揉んで貰って4500円だそうだ。ゆっくり全部の湯船に浸かり、露天風呂で半身湯し火照った身体を冷まして上がる。若井さんと森本さん二人は肩を揉んで貰うと言い、マッサージルームへ行く。私は癖になるので辞退して、TVを見て時間潰しをする。椅子に腰掛け、おのぼりさん宜しくアチコチを観察。4人連れの3人の女性とお父さんかな、3人の中で少し背が低いが太り気味の方がお母さん後の2人が娘さん、横顔がどこと無く似ていて目元から顎にかけ口元がそっくり、美人系だ。DNAが同じ、血は争えないとツクズク思う。

ウィークデイなのに次々とお客が入ってくる。大衆向きの料金で繁盛してるのがわかる。

家族で楽しい団欒の場が出来て、子供たちは喜んでいると思う。

食堂をのぞくと、うどん・蕎麦・カレー・ハンバーガー・焼き飯。値段も手ごろな献立だ。1300円が上限の定食、皿もお盆にいれて持ち運び、セルフサービス。これにて安価で提供できるのだろう。元パチンコ屋さんも、良いことを考えたもんだ。三人揃ったところで食事にする。思い思いの献立でオーダーした。海老フライ、鳥のから揚げ、肉団子と一つずつ取り替えっこし、みなの品数が多くなり万歳。枝豆をつまみにし生ビールで乾杯、何だかんだと言い飲んでいる。下戸の私もつられて飲んでしまう。意思の弱さを暴露する。根は飲める家系で親父も長兄も次兄も弟も1升口の方だが私は糖尿を心配してセーブしている。

    

お腹も満杯、腰を上げて艇に戻る事にし外に出た。雨は止んでいる。今回は我々3人雨男ならぬ晴れ男だと言い合う。携帯で呼んだタタクシーが来た。ここらでは流しのタクシーはまず無いと言う。泊地情報としてここに書きとめて置く。(中紀河内タクシー 0738.24.1001)御坊港は入り易いし町は大きいし何でも有りの良いクルージングの泊地だ。  

いよいよ明日は最終レグの大阪北港まで、ログは65マイル、関空沖あたりで陽も落ち暗くなるだろう。北港に入港は夜中になるが、わが母港、深夜入港も何回もして熟知しているので心配は無い。一応行程をGPSに打ち込む。御坊を出たら、次は日の岬・宮崎の鼻・下津沖・田倉崎・加太の瀬、友が島を抜けたら・関空沖・堺沖・大関門・一文字、12時間の道のりだ。Nの風が吹かないと早ければ10時間程かな。

気象放送を聴き明日は天気だ。天気図を書き終え、静かな港内で安心して眠りに就いた。 

  

COSMO 池田 記