2001年GW瀬戸内海クルージングリポート
 P-94 ELLE 寺尾俊明
今年のGWは例年になく不順な天候であった。こんなに雨に降られた瀬戸内クルージングは記憶のない事であるが、こうして思い返すと又愉しい思い出ばかりである。
4月28日(土)北港1410〜岩屋1800 NE3〜5m/s 波高0.5m曇り
今回は私事雑多に忙殺され全てにおいて準備不足であった。僚艇も徳島のスノーグースのみである。岩屋では親切な漁師さんの船に横付けさせてもらった。息子さんがアリランレースに今年も出るそうで、為にヨットに理解ある方で、トイレはここにある、水道はあれを使えばよいとこちらが恐縮するくらいであった。風呂は近くの歩いて数分の風呂屋さんに行った。ここの親父さんも親切で、帰りに寄った時に吃驚する事になる。GWという事で7色にライトアップされた幻想的な明石大橋をバックに、徳島組持参の地鶏「阿波雄鶏」に舌鼓を打ち、友と語らい、酔った赤顔に夜風が心地よく、何とも至福の第一夜であった。
陶酔するS君 岩屋にて漁師さんの船に横付け
4月29日(日)岩屋0910〜日生1530〜鴻島1700 NE3〜5m/s 波高0.5m雨
今にも降りだしそうな中のレグである。スノーグースと鴻島へ。その前に日生により食材の仕入れである。仕入先は日生港に向って入って行って通船が着く一つ手前の左側の港である。色々ののぼりが揚がっている場所を目指せばいいであろう。浮き桟橋があるのでそれに一時係留できる。生憎夕方で多くのものが売れてしまっていたが、あなご、このしろ等を買い岩屋の漁師さんから買った天然鯛と烏賊で大宴会である。老婆心ながら、日生入港時には西側の洗岩に十分注意されたし。残念ながら鴻島の別荘のオーナーは不在で、ポンツーンのみ使用させていただいた。砂浜でアサリを探したが昨年ほどは採れずザル一杯ぐらいの収穫であった。
ACCのスノーグース
4月30日(月)鴻島0720〜児島1230 NW2〜3m/s 波高0.5m 雨
スノーグースとはここでお別れ、徳島まで鳴門海峡を越え一気に帰徳するそうで、こちらも舫いを解いた為そのまま出帆。小雨の降る中、児島ヘ。今晩下船するクルーの為児島駅近くのハーバーに舫う。児島駅まで徒歩5分程で利便さで選んだのであるが、お勧めできない。昨日風呂に入っていなかったのでタクシーで「瀬戸大橋健康ランド」へ。手ぶらセット2000円なり。帰りはタクシー運転手さんお勧めの「ふく仙」へ。瀬戸大橋が眼下に見え中々の眺望である。料理も美味しく、値段も手頃でここはお勧めです。
児島のハーバーにて

5月1日(火)児島 久々の晴

クルージングは今日はお休み。児島駅から岡山で乗り換えて新倉敷へ。通学の女子高生が大勢乗ってくる。巷では今日は平日である。新倉敷でレンタカーを借り玉島市役所支所へ。実は私の曽祖父が玉島の出身でそのルーツを探しに行ったのである。地方のことであり大体の檀那寺は判明しておりこれと思しき天台宗のお寺を訪ね過去帳を見せていただくが、結局過去帳に該当者はなかった。昨年白石で偶然出会った二人が玉島の方であり、その時の話から大体判明すると期待していたのだが残念であった。その一人の鮨屋の親父と白石までモーターボートで誘われるままに行くことにする。クルージングワールドでも紹介されたさんちゃん食堂で手長だこ、サザエの造り、なまこ等を肴に生ビールが旨い。中でも目板カレイの子供のてんぷらが絶品であった。こんなものは売り物にはならないと漁師が捨てるものをもらってくるのだという。児島へ帰り風呂を探したが、最後の風呂屋が今年3月に廃業したそうである。
5月2日(水)児島0630〜高松0930 NE10〜15m/s 波高2〜3m 雨

レストラン「ジョナサン」
さてもう帰りのレグである。瀬戸内クルージングでは帰りのレグになると何となく寂しいものである。徳島のはるみちゃんは、牛窓に向う可能性があるのでここで帰すことにする。ハーバー内でメンスルをワンポイントリーフし、ムストウにハーネス付インフレ−ターブルベストと完全装備である。このハーネス付ベストはコンパクトで非常に重宝である。落水すると自動的に開くそうであるが一度プールに飛び込んで、確認してみたいものである。ハーバーを出ると、風雨共強く視界も悪い。1時間ほどでやっと大槌島が見えてくる。大槌島を右に見て牛窓に向うつもりであったが、波、風とも真向かいになりこの時点で断念、高松に向う事とする。五色台沖の浅瀬を気にしつつ、又本船に挟まれながらやっとの思いでペラガスへ。何時間も海にいた感じで、自分ではもうすっかり夕方の感じであったが時計を見るとまだ9時過ぎである。いとこに借りた車で、屋島の「わらや」にて、釜揚げうどんで腹ごしらえ。ここの釜揚げうどんは最高である。そして屋島の健康ランドへ。今日は家族三人のみである。風呂に入り、昼寝をして、映画を見て5時間位もいて、すっかりリラックス。夕食は、いとこが少し変わった焼き鳥屋に連れて行くという。そこは五色台の有料道路を渡りトンネルを越えたところにあり「ジョナサン」というそれはそれは変わった造りのレストラン?であった。‘60、‘70のアメリカングッズが所狭しと置かれ、ただ雑然とした中にも何か暖かさを感じさせるものがあり、親しい友人の別荘に招かれたような雰囲気であった。徳島からは、鴻島で別れたスノーグースのヘッジ、児島で降りたライダーと朝別れたはるみちゃんが嵐の中の航海お疲れさまと徳島から駆けつけてくれた。これは本当に嬉しかった。皆仕事を終え、私が腐っていると心配して駆けつけてくれたのである。海の仲間は本当に素晴らしいものである。
5月3日(木)高松0830〜岩屋1630 W2〜3m/s波高0.5m晴後小雨
昨日とうって変わって鏡のような瀬戸内である。レグは長いがご機嫌である。徳島のACCの森野さんから電話があり、岩屋でミーティングの約束。今日もあの漁師さんは休みのようで又よく来たと舫いをとってくれた。酒を飲みながら色々話をすると面白い。若い時分は北氷洋までスケトウダラを捕りに行った事、今はGPSが発達し全く同じ所に網を入れられる事、何でも捕り次の世代に資源を残そうという気概が漁師自体に見られない事、何処の船も後継者に悩んでいる事等など貴重な話を聞かせてもらった。夕食用に小ぶりの2、30cmの鯛5枚、ウマズラハゲ2枚を分けてもらった。漁船のいけすからバケツに入れてもらってヨットの中じゃ臭くなるだろうとまな板も場所も提供してもらった。今夜の献立は鯛とハゲのうす造り、鯛の兜焼き、潮汁と鯛めしである。隣で魚を買え、調理まで出来るのは有難いことである。又あの風呂屋に行くと帰りに「この間来た人やねぇ」と番台の親父さん。よく覚えていてくれたものである。連れの忘れものがあるという。自分の顔を覚えていてくれた事も吃驚であるが、10人近くいた又それも連れの女性メンバーをよく覚えていてくれたものである。
5月4日(金)岩屋1030〜北港1330 W3~5m/s 波高0.5m 晴

今日はやっと風薫る五月らしい空である。漁師の親父さんは奥さんと今日も来ている。またおいでと言って頂いて名前も聞き、来たら電話をしろと電話番号を教えていただいた。泊地情報として是非に載せたいが、話の中で以前時々来ていたモーターボートのメンバーにいけすの魚を根こそぎ持っていかれたことがあり、親切にしてやったのにひどいことをする、と憤慨していた。仮屋の港でも雑魚場のいけすから魚を盗まれプレジャーボートが出入り禁止になったのは知っている方も多いと思う。残念ながらどちらも某関西の船である。という事で詳しい場所は伏せるが若し行く方があればメールででも個人的にお教えします。名刺を渡し、この旗を掲げた船は頼みますと因果を含めてきました。クラブ旗掲揚と、酒一本はお忘れなく。

スキッパーは昨日応援に来てくれた前ちゃんに任せ、やっとひねもすのたりのたりかなである。