Melbourne/Osaka Double-Handed Yacht Race 2003観戦記
〜カップに埋め込まれた真珠は誰の手に…?〜
大阪北港ヨットクラブ レース委員 向井

凄いレースがあるものだと、好奇心からメルボルン行きを決意した。
私にとっても初めてのオーストラリアの旅である。

地球を縦断する5,500マイル(10,200キロ)の旅。

豪快な大自然への挑戦の旅。

なにより、自分自身への挑戦の旅。

………。

3月12日大阪〜香港

大阪を出発し、途中香港で飲茶ツアーに出かけた。全部食べきれるかどうか?不安もあったが、食が進むこと進むこと。あっという間にたいらげた。そして、メルボルン行きへ乗り換えた。

3月13日朝 香港〜メルボルン到着
メルボルン空港到着。すぐさま、サンドリンガムヨットクラブで準備を進める参加選手に会いに行く。

←LULU
3月13日夜 レース公式レセプション
その晩、メルボルン市役所ホールにて、レース公式レセプションが開催され大会は一層盛り上がった。リラックスして見える選手たちの笑顔の奥底に秘める闘志を感じ、ゾクゾク&ドキドキした。
3月14日、第1レグ前日
サンドリンガムヨットクラグで、英語での艇長会議及び最終検査が行われた。と…。ピッピー!トラブル発生!!なんと、姉妹港である淡輪ヨットクラブの青山夫妻が乗る浪速が、第1レグ(サンドリンガムヨットクラブからブレアゴーリーヨットスコードロンまでの湾内レース)をスタートできない可能性が…?その状況を大阪北港ヨットクラブ寺尾会長は、深夜知ることになる。
3月15日 第1レグスタート
早朝よりサンドリンガムヨットクラブのレース委員会へ駆け寄り、詳しい事情を聞いた。大阪北港ヨットクラブ中川理事の的確な語学力、その事態を見守る淡輪&大阪北港ヨットクラブ応援団の熱い眼差しもあり、第1レグスタート1時間前に見事クリア!!言葉のハードルの高さ&瞬時の判断力の必要性を痛感させられる。がしかし、両姉妹港の絆は、一層深まった出来事であった。さぁ、我等応援団も気分を新たに、第1レグスタートを観覧艇にて立ち会う。『3…2…1…パン!』勇者達がスタートしていく。あぁ〜感動!
第1レグ優勝艇は、マーベリック2。元、会長艇ELLEクルーのケイコさんの旦那様ブライアンの艇である。2人の娘さんも大喜び!ヨット型のその日のトロフィーには、まだ真珠はなかった…。

←ブライアンの娘さんと
3月15日夜 ブレアゴーリーヨットスコードロンでのフェアフェルディナー
気持ちはひとつ、気分は舞い上がるばかり。それを爆発するかのように、ロックバンドの演奏に身を任せる始末。
3月16日 第2レグスタート
あっという間に3月16日。早朝より、第2レグスタート地であるポートシーに移動する。さぁ、いよいよ第2レグ(ポートシーから大阪までのレース)が始まる。11時が近づく。我等応援団の観覧艇もスタート間近の参加艇を追いかける。ゾクゾク&ワクワク。観覧艇内もしばし沈黙。5分前…3分前…1分前…。参加艇は、絶好のスタート位置をキープ!私は、緊張で背筋が吊りそう!ここで、待っていましたと田崎社長が登場。鉄砲を手渡され、引き金を引くその指先に込める心情は、海への強い憧れと愛着。そして、4年間の沈黙を破る一瞬。
『3…2…壱億…バ〜ン!!』
見事なスタート。盛り上がる観覧艇内では、どっちが主役か?誰彼かまわず祝杯をあげる。観覧艇は追いかけ、艇の近くで声援&拍手を送り続ける。ポートフィリップ湾を出れば、そこは外洋、バス海峡。目指すは大阪北港ヨットクラブ!!
「あぁ〜。ボンボヤージ!!大阪で待ってるよ!!」

私達キャンピングカー組は、観覧艇下船後フィリップ島へ向かった。そこで・・・?着いた先のノビーズ岬で一直線を描く船団を見つけた。そう。ここは、私達だけの第3レグ地点。最初は好奇心から出発したが、同志のような親近感を覚えた。

 私も今は帰路の途中。本当に来て良かった。ワイン片手に振り返っている。

今思うのはただ一つ。全艇無事の航海を祈るだけ……。

アンケート
ウェルカム側として、整備でご多忙中の中、アンケートに答えてもらいました。

@    ゴールしたら何が飲みたいか?

圧倒的にビール!!

A    ゴールしたら何が食べたいか?

外国の方は、やはり寿司が多かったですね。

日本の方は、肉じゃが・水炊き・吉野家牛丼・・・という答えも!

B    日本のどこに行きたいか?

大阪・神戸・広島・東京・・・がありました。

ウェルカム委員会では、このアンケートを参考にしたいと思っております。